翻訳と辞書
Words near each other
・ orixate phyllotaxis
・ orizanol
・ ORJ
・ Orkney Islands
・ Orkut
・ ORL
・ Orlandito Montiel
・ Orlando Magic
・ ORLJ
・ ORM
・ Orm (ISO 639)
・ ORM-1
・ Ormandy
・ ORMM
・ ornament
・ ornamental
・ ornamental flower
・ ornamental foliage plant
・ ornamentation
・ ornate


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

Orm (ISO 639) ( リダイレクト:オロモ語 ) : ウィキペディア日本語版
オロモ語[おろもご]

オロモ語アフロ・アジア語族に属し、クシ語派で最も話者数の多い言語。アファーン・オロモー (Afaan Oromoo)、オロミッファ (Oromiffa)、様々な別な綴り(アファン・オロモ Afan Oromo など)でも呼ばれる。エチオピアケニアにいる2500万人のオロモ人やその近隣のウェルジ人などの第一言語である。1980年代以前の文献では「ガラ語 (Galla)」とも呼ばれるが、オロモ人が不快に感じるために現在は使われない。
==話者==
オロモ語話者の95%は主にエチオピアのオロミア州に住んでいる。ソマリアにも約4万2000人の話者がいる〔Ethnologue: Oromo, Borana-Arsi-Guji 〕。エスノローグによると、エチオピアのオロモ語に極めて近いボラナ語オルマ語の話者が15万7000人いる。エチオピア国内では、オロモ語は最も話者人口が多い(40パーセント以上)。アフリカ全体で見た場合、互いに意思疎通ができないアラビア語の諸方言および様々な変種を含むオロモ語をそれぞれ単一の言語と見なすと、オロモ語はアラビア語、スワヒリ語ハウサ語に次いで4番目に話者数が多い言語である。
第一言語の話者の他に、北西オロミアにはオモ語派バンバシ語話者やナイル・サハラ系言語の話者クワナ人のように、オロモ語と接していてオロモ語を第二言語として話す人々が多くいる〔Ethnologue: Languages of Ethiopia 〕。
== 言語政策 ==
1974年エチオピア革命以前、オロモ語による出版や放送は禁じられていた。19世紀末からあったオネシモ・ネシブアステル・ガンノによる聖書の翻訳などごく限られた出版物は、ヨハン・ルートビヒ・クラプフの聖書のようにゲエズ文字で書かれていた。1974年の革命以降、政府はオロモ語を含むいくつかの言語で識字率向上のキャンペーンを開始し、オロモ語でも出版やラジオ放送が始まった。新聞『バリッサ』のように当時エチオピアで印刷された文献はみな伝統的なゲエズ文字で書かれた。
しかし学校でのオロモ語教育は、オロモ解放戦線が支配していた地域を除けば、1991年にメンギスツ政権が倒れるまで実現しなかった。オロミア州の創設にともない、この地域全域で(他の民族が他の言語を話す地域を含む)小学校の教育用の言語として、また地域の行政語としてオロモ語を導入することが可能になった。1990年代初頭にオロモ解放戦線が暫定エチオピア政府を離れて以降はオロモ人民民主主義機構がエチオピアでアファーン・オロモーの確立を続けている。
オロモ語は「クベー (Qubee)」というラテン文字を修正した文字で書かれることが最も多く、これは1991年に公式に採用された。1970年代まで、エチオピア国外のオロモ人やオロモ解放戦線はラテン文字から作られた様々な正書法を用いていた。近年これはエチオピア政府により制限されていると言われる〔Oromia Online, Letter from the Oromo Communities in North America to H.E. Mr. Kofi Anan, Secretary-General of the United Nations 〕。クベーの採用により、1991年から1997年までの間にそれ以前の100年間より多くの文献が書かれたと考えられている。
イタリアエチオピア侵攻後は、シェイフ・バクリ・サパロ(本名のアブバケル・ウスマン・オダーでも知られる)が考案したサパロ文字がオロモ語固有の文字であり、その後は非公式に使われた〔R. J. Hayward and Mohammed Hassan. 1981. "The Oromo Orthography of Shaykh Bakri Saṗalō", ''Bulletin of the School of Oriental and African Studies'', 44.3, pp. 550-566. http://www.abyssiniacybergateway.net/fidel/ShaykhBakriSapalo/ も参照〕。イスラム教徒のいる地域ではアラビア文字が断続的に使われた。
ケニアでは1980年代から「ケニアの声(現ケニア放送)」によりオロモ語(ボラナ方言)のラジオ放送が行われている〔Stroomer, Harry (1987). ''A comparative study of three Southern Oromo dialects in Kenya''. Hamburg: Helmut Buske Verlag. ISBN 3-87118-846-8. p. 4. 〕。ラテン文字を使ったボラナ方言の聖書が1995年にケニアで出版されたがエチオピアのクベーとは綴り方が異なっていた。最初の包括的なオロモ語のオンライン辞書ジマ・タイムズ・オロミッファ・グループセラムソフト社の協力により開発された〔Online Afaan Oromoo - English Dictionary 〕。ボイス・オブ・アメリカアフリカの角計画の枠内でオロモ語の放送を行っている。オロモ語とクベーは現在エチオピア政府の国営ラジオやテレビ局、地方政府の新聞紙に使われている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「オロモ語」の詳細全文を読む

英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Oromo language 」があります。




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.